スイスイ ス~ダララッタ スラスラ スイスの旅 [海外登山]

1.山域・メンバー

山域・山名

スイス・ブライトホルン

山行内容 海外登山
メンバー

L 木村昌、戸貝美

天候  

2.行動記録

記録 木村
日程 2025年7月8~16日

3.報告

 今回のスイス行きは、22年前の2003年7月、ワイスホルンで客死した本間文雄氏の追悼を第一とし、併せて4千m峰にも登ろうというものである。木村は峡彩以前からの飲み仲間、戸貝さんは死亡時に会の代表としてスイスへ飛んだという関係。

 7月8日、午後3時台の新幹線で東京へ。ピッケル・アイゼン・ハーネス・ヘルメット等で嵩張りザックが重い。大汗をかきながら羽田空港に行き搭乗手続きを行う。今回フィンランド経由のJALでチケットを取ったが、共同運航でフィンエアーの飛行機となった。

 午後9時50分羽田を離陸しヘルシンキへ向けて出発。3人掛けシートに2人なので長幼の序ということで戸貝さんに2席使ってもらう。JAL・ANAと較べて食事がしょぼく、アルコールも1杯だけ無料というのが悲しい。しかし、木村は機内持ち込みのザックに調味料として100mlに小分けしたワインを持ってきたので、チビチビやりながら日付をまたいで13時間を過ごす。

 ヘルシンキからスイスへ迄は約2時間半であるがほぼ満席状態、前日の空港ストライキの影響で機内サービスは水とジュースのみ! ここでも3人掛けシートに2人で、戸貝さんは「私には幸運の神様が付いている!」と得意満面。しかし、最後の最後にでっかいオッサンがズシンとシートに座り込み、幸運の女神はあえなく潰え去ったのであった。

 9日午前10時前にチューリッヒに到着し、交通費が半額になるハーフフェアカードを購入してツェマットへ向い、午後3時過ぎに到着。宿は駅前のホテルバンーホフという地下にキッチンがあり、日本人利用者も多いというツェマットの中では安いホテル。荷物を置きツェマットのメインストリートを歩き、一番簡単な4千mと言われるブライトホルン4,164mの12日の登山ガイドを予約する。1人225スイスフラン。円換算で41,625円!!!

 夕食はスーパーで食材を買い、地下のキッチンで地元の白ワインを楽しむ♪隣のテーブルに日本の女子が2人、それぞれ単独で1人は世界一周。もう1人はヨーロッパ周遊中との事。ほんにオナゴは逞しい!

 10日、ホテルの部屋からモルゲンロートに染まるマッターホルンが見え、天気は快晴。標高1,600mのツェルマットから、登山電車に乗り3,089mのゴルナーグラートへ。上高地から奥穂高山荘までを40分で連れて行ってくれるようなものだ。登るにつれて眺望が広がり、マッターホルンを中心に右手はワイスホルン4,505mへと連なる山々、左手はブライトホルンからポルックス・カストール・リスカム・モンテローザといった4千mの峰々の大展望が広がる。今日は高度順応という事で、ホーエリ3,286m、あわよくばシュトックホルン3,532mまで行けたらと思い、観光客があふれる展望台を後にする。 

 しっかし、汗もかかずにいきなり3千mに上がっての行動は思ったよりも難儀で、ホーエリまでとして2,582mのリッフェルベルグへ下る。ここは滑落して死亡した本間文雄氏がツェルマットで荼毘にふされた後、遺骨の一部を散骨した場所で、スロープの正面にワイスホルン、左手にマッターホルン、後ろはブライトホルンが見えるロケーションだ。日本から持ってきた本間、戸貝、木村の3人で行った朳差岳の山スキーの写真を添え、本間が好きだったラム酒とビールで献杯。22年前なので23回忌という事になる。随分と年月が経過したんだなぁとしみじみ思う。

 

ワイスホルン

ブライトホルン

ポルックス&カストール

モンテローザ

お~い本間、随分と時間が経ったけど、その間に新潟でも色々あったんだぜ。 ノンちゃんも遠藤さんも海津さんもそっちへ行ってしまったよ。

 下山後はスーパーで買い出し、キッチンで慎ましいながらも地元のシャスラという品種の白ワインが美味しくてボトルが空になる。今晩は広島からのご夫婦とお話し。旦那さんは鉄道マニアでスイスの鉄道が好きで来たとの事。但し、氷河鉄道等のメジャーは興味ないという変わり者でした。

 11日、今日はツェルマットから地下ケーブルカーとリフトを使い3,415mのオーバーロートホルンを目指してチケット売り場に行ったが、そこまでは行けないと言われ手前のブラウヘルドという所までとする。明日のブライトホルンに備えて3千m越えで動きたかったがまぁしょうがない。

 2,571mのブラウヘルドで降りて観光客の流れに沿ってシュテリゼーという湖に行く。天気は快晴で直射日光が痛い。
風が無ければ湖の逆さマッターホルンが見えるという絶景ポイントでお湯を沸かしラーメン&コーヒーでのんびりと至福のひとときを過ごす。

 夜は相変わらずスーパーで食材を買い、地下のキッチンで夕食。今夜はタイのオバチャン達とワイワイ、そしてまたまた世界一周中の単独日本女子登場!なんでも仕事を辞めて次の仕事までの間に世界一周をするんだと、しかもマイルを貯めてビジネスクラスでというしっかり者。新潟のうっかり者には返す言葉もございません。

 12日、早起きして6時45分にグレイシャーパラダイス行きのゴンドラ乗り場に向かう。7時15分にガイドと待ち合わせなのだが、多くの登山者で溢れかえっている。それっぽいガイドに声を掛けたけど違うよ!と明るい返事。時間ちょうどにガイドが現れ、同行者は我々2人の他にシカゴから来た男性1人。そそくさとゴンドラに乗り込み途中の乗換え駅でドイツ人親子と合流。今回は5人とガイドの6人パーティーとなった。

 到着駅のマッターホルングレイシャーパラダイスは標高3,880mで富士山よりも高い。ツェルマットから約40分で2千m以上も上がるので、どうかなと案じていたがやはり高度障害はあるようで、息が早めにあがる。ゴンドラを降りてすぐにアンザイレンして平坦な所を進み、いよいよ登りという所で休憩がてらアイゼンを装着する。

 登りは大きく斜登行するルートで涸沢から奥穂へのザイテングラートの様な感じである。ステップは踏み固められていてそれ程の難度ではないが、99%がガイド付きの登山者でみんな約4万円払ったんだなぁと下世話な計算が頭をよぎる。

 ガイドさんは我々のペースを把握しながらゆっくりと、しかし着実につめて10時30分頂上に到達。マッターホルンの見える視点が上がり、遥か西側にはモンブランが見える! とは言え多くの登山者が来るので記念撮影もそこそこに下山開始となった。ホテルに戻りスーパーで食材を買い、いつもの白ワインで祝杯をあげる。

遥かモンブランを望む

見た目は斜度なさそうだけど

 

ピークでは元気百倍の戸貝さん

 13日、予備日としていたがスケジュールが順調にいった事と前日の疲れもあり、のんびりと過ごす。ツェルマットのお勧めビューポイントを目指し、えっちらほっちらと坂を上る。なんせ谷間の街なので斜面に家がへばりついている感じだ。おまけに車は電気自動車のみ! またまた下世話な話であるが宅急便があったら大変だろうなぁと思った。

 下って街に戻り、教会裏手の墓地や遺体安置所も見る。22年前、ここから早朝に火葬場へ行ったんだと戸貝さんが語る。日差しは相変わらず強く、観光客で溢れかえっている。

 14日、早めにツェルマットを出発してチューリッヒへ。軽く市内観光して夕食は今回初の外食。しっかし、2人でグラスワイン3杯と軽めの食事で13,000円!山より高いスイスの物価を痛感しました。翌日は往路と同じく、ヘルシンキ経由で成田空港に帰還。蒸しあっちぇ新潟に帰りました!

追記
 今回はスイスフランを両替せずに全てカードで済ませました。ヘルシンキはユーロ対応。チューリッヒ駅はトイレも有料で1.5CHF約280円ツェマットにはモンベルがあるのですが、日本の店舗で4千円のものが7千円位とお高め。
 ワインは地元産がリーズナブルで毎日1本空けてました。スーパーで食材を購入というとビンボーげな感じですが、案外とリッチな晩餐でございました。でも、新潟に帰って枝豆と茄子漬がほんにうんめかったです。