1. 山域・メンバー
山域・山名 | 飯豊連峰・頼母木山周辺 |
ルート | 第二吊り橋~頼母木山~県境尾根から西俣ノ峰経由で飯豊梅花皮荘に下山 |
地図 | えぶり差岳・長者原(1/25000) |
山行内容 | 沢登り |
メンバー | (L)都丸、中山(峡彩山岳会) |
2. 行動記録
【総評】飯豊を代表する険谷である。飯豊の沢としては「泳ぎ」の場面が多いのが特徴的で体力を要する。小滝のトラバース等で確保が難しい場面が多いので、入渓には一定レベル以上の登攀力が前提になる。そのほか急斜面の高巻き、草付き・泥壁や雪渓の処理など、沢登りの総合力を試される。下部ゴルジュは豊富な水量のトロや釜を泳ぎ、へつり、時には高巻きと労力を使い楽に進める所は少ない。1日目に下の河原までたどり着ければよいテン場がある。上部ゴルジュは登攀的な要素が強くなり、高巻きもブッシュが遠くなってより危険度が増す。雪渓が残る時期はさらに厳しいものとなるだろう。上部ゴルジュ以降にテン場適地は乏しい。私達は南ノ大沢出合手前の河原に良いビバーク地を得られたが、これとて増水で一変するような地形なので当てにはできないと思われる。源流部に至っても滝は続きそれほど楽をさせてはくれない。今回は雪渓がほぼ消えており天候にも恵まれたため3日の行程で抜けられたが、条件次第では5~6日かかっている記録もある。釣りをする場合、魚影はかなり上流部まで見られる。入渓まで 飯豊梅花皮荘の手前に広い駐車スペースがあり、前日夜に車を1台置いて大石ダムに向かう。適当な広場でテントを張って入山祝いをした。翌朝、ゲートを開けて渡辺さんの車で第一吊り橋まで入る。車を降りて支度を始めるとさっそくアブの歓待を受ける。数はさほど多くもない。見送りの渡辺さんとはここで別れて第二吊り橋へと向かう。20分で吊り橋を渡り、踏み跡を5分ほど歩いて入渓した。1日目 下部ゴルジュ 入渓直後のトロを左岸からへつるが続かず、いきなり飛び込んでの泳ぎになる。少し行くと長いトロの奥に小滝がかかる。泳いでいこうとしたが水流に負けて押し返され、右岸を巻いて降りた。権内沢出合の小滝は左壁の凹角を登った。その後のトロをいくつか越えると河原状になる。
泳ぐ
水圧に逆らい 木漏れ日の朝日を浴びての歩き始めは、沢登りをしていて最も好きな時間の一つだ。これから何がはじまるんだろう? そんなワクワク感と、その場でじっと佇んでいたいような安堵感がごちゃまぜにになったような不思議な心持ちがする。アブは思ったより数は少なく、ウェットスーツ着用なら気にもならない。かぶったネットは視界をさえぎるのでそのうち外した。川は平水以下だろう水量でも結構な迫力だ。増水した時のことを考えると身が引き締まる。
フッコシの滝は右岸に残るロープを使って巻く。5m大釜の滝を右から越えると長いトロが続いている。右側壁沿いを泳ぐがホールド乏しく流れもあって大変だ。右の棚にはい上がろうとするがうまくいかず足が攣りかける始末。ザックを後続に預けて空身でやっとはい上がったが、ここの通過でがくんと体力消耗した感があった。行く手は水勢ますます強く通過が難しそうに見えた。仮に流されれば「ふりだしに戻る」なのでこれ以上の労力は使いたくない。左岸の草付きから高巻きに入る。一旦高巻きを始めると下降点が見出しにくく、結局大沢出合まで1時間近くかかって降りる。
大沢出合の釜も越えられそうになく、やはり左岸を巻いて懸垂で降りる。その先は矢櫃の廊下と呼ばれる区間で川幅は狭く流速は増す。増水時なら困難だろうが、この日はさほどの苦労もなく通過できた。谷が開けると3段30mの大滝が掛かり、左岸の高巻きにかかる。ブッシュまでの草付きが悪い。50分ほどの高巻きで上の滝も一緒に巻き、ちょっとバランスが必要なクライムダウンで沢に戻る。
長いトロの奥に小滝が掛かっているらしい場所に来た。たしか記録では巻いていた場所だったなと思い返す。そろそろ疲れてきて泳いで偵察に行く気もしないので右岸の小沢から高巻く。沢に戻り、ナメ状の落ち込みはつるつるで取り付けない。右壁のクラックにカムを噛ませて突破した。奥の小滝は右側壁をへつる。続いてトロが2つほど続く。最初のトロは右側壁をへつり、壁を蹴って流心を突破し対岸の岩にしがみつく。落ち込みの落ち口へは左側壁をきわどいトラバースで抜ける。続くトロは左側壁をトラバースし、飛び込んで右側壁のホールドを求める。白泡の釜は足が着いた。
左岸から支沢を合わせると、本流には2mほどだがハングして取り付けない滝がかかる。左側壁沿いに少しへつり、壁を蹴って中央の岩まで泳ぐ。側壁は一見難しそうに見えたが意外とあっさり取り付けた。落ち口へは残置スリングを使って短く懸垂下降する。大釜のある5m滝は右岸の支沢に入って高巻き、上の滝と合わせて巻くとすんなり沢に降りられる。そしてこの日の目標としていた「下の河原」に着いた。時間も16:00とちょうど良い。
中山さんには釣りをお願いする。左岸の砂地にツェルトを張り終えて焚き火の準備をしていると中山さんが戻ってきた。釣果は1匹。竿仕舞いが早いなと思ったら、水が濁ってきたのでやめて戻ってきたという。確かに川は増水の前兆のような嫌な色に染まっていた。しばらく注意して観察する。水位は落ち着いているようだ。この晴天で降雨は考えにくく、上部で雪渓か天然ダムの崩壊でもあったのだろうという結論になって落ち着いた。貴重な1匹は塩焼きにする。水位上昇は5cm程度で収まり、暗くなるころには川は元の清澄さを取り戻した。落ち込みの近くで水音が少々うるさい。夜は蚊取り線香が途中で切れて蚊の襲来に悩まされ、良く眠れなかった。
2日目 広河原を抜けて上部ゴルジュへ
今日も良い天気だ。釜を泳いで右から越えると左岸から支沢が入り、4段の大滝を掛けて見ごたえがある。両岸は次第に切り立ちゴルジュの様相を呈してきた。インゼル状の地形を過ぎるとゴルジュの奥には20mの大滝が掛かる。ルートは左岸しか考えられず、巻くにしてもロープが欲しい所だ。どうせロープを出すなら直登しようと右壁のルンゼに取り付く。取り付きからステミング気味に登っていく途中、コケの乗った岩で足元がズルッ。右のホールドにぶらさがって事なきを得た。2本ハーケンを打ってルンゼからカンテに移り、ハング下のバンドを芋虫のように這って進む。ここからフェースに移る所はスタンスが外傾していてかなり緊張した。良い支点も取れない。ハングした大岩下のテラスに着いて一息つく。右壁のクラックに流れ止め用のカムを噛ませてスリング2本で長めにランナーを取り、水流に近づく。落ち口へは高度感抜群の水際を登って容易に達した。配慮はしたつもりだったがロープが屈曲して流れが悪くなり、セカンドのビレイに手間取ってしまった。
5m大釜の滝は「裏見の滝」と呼ばれ瀑水の裏側を左岸から右岸へ渡れるらしい。「らしい」というのは後から知ったからで、遡行時は右岸のスラブにパートナーの膝を借りて強引に取り付きトラバース、パートナーは釜の中からロープで引き寄せた。
ゴルジュが終わると谷筋は穏やかに開けて別天地・広河原になる。ここは釣り屋のエリアということにして、時間の余裕がない我々は先を急ぐ。1時間ほど河原を歩くと右岸から大きな支沢が入り、本流には3m滝がかかる。上部ゴルジュの入り口だ。ゴルジュ内は快適に登れる滝もあれば、際どいトラバースを強いられる滝もある。巻こうとすればブッシュは遠く、取り付きはガレや草付きで危険度が高い。泳ぎも何度かある。息つく暇もなく登っていくと3mの釜のある滝。ここは左壁のクラックを人工で攻めるのが唯一の解でカムの連打と相成った。2段10mの滝は中山さんがロープを伸ばし、右岸の岩場から草付きに入り高巻く。のっぺりしたスラブで緊張する場所だった。落ち口へは懸垂で降りる。緩斜面から下降したら45mロープでもギリギリというところだったので、ロープが1本ならなるべく下がってから懸垂した方が良いだろう。沢に戻ると3段に分かれたハンバーガーのような大岩が特徴的な10m滝が鎮座し、左のルンゼから容易に登れる。
滝上は小規模な河原が南ノ大沢出合近くまで続いている。この先は良いテン場はなさそうなので、少し早いが右岸の砂礫地を今夜の宿とした。対岸で支沢が入っているので水を取るのにも便利だ。まだ陽は高い。服を脱いで岩棚に干し、タオルを濡らして汗まみれの体を拭く。今日も中山さんに釣りをお願いし、私はツェルトの設置にかかった。前日はタープ状に張ったらちょっと寒かったので、今日はきっちりテント状に張ることにした。釣果は1匹だったが型は良い。今夜は刺身にした。中山さん持参のそうめんが美味い。夜は少々肌寒いものの、虫がいないので前日よりはよく眠れた。
3日目 大高巻き、源流から稜線へ
谷の朝は夏でも寒い。もぞもぞと起き出し震えながら火起こしにかかる。小枝が少しでも燃え上がれば暖かくほっとする。原始的な喜びというところか。今日も快晴ですぐに気温は上がる。天候に恵まれた遡行だ。
南ノ大沢出合は2段12mのナメ滝がかかり左から登る。行く手に見える両岸の切り立った壁とスラブが美しくも恐ろしく、否応なしに緊迫感を高める。ゴルジュは奥で左に曲がり、2段30mの豪瀑が荒々しく立ちはだかる。一見してどうしようもない。お手上げだ。記録で右岸を巻いているのは雪渓の上からということだろう。無雪期には考えられない。左岸の小沢から高巻きに入るが、急斜面でどんどん上に追い上げられてトラバースに入れない。100m程も登ってようやく傾斜が多少は緩みトラバースに移る。ヤブの中を進んでいくとさらに大滝が見えた。20mか30mか、正確なところはわからずトラバースを続行する。途中で水がなくなり苦しい。最初から水を持っていなかった中山さんは明らかにペースが落ちていた。大滝の落ち口へ続くと思われるリッジを下りブッシュから懸垂下降して、ぴたりと落ち口付近に降りた。高巻き時間は1時間30分ほどだった。ようやく水にありつけて生き返った感がある。しかし続くはずの中山さんが降りてこない。2度目の笛を吹くとようやく少しずつ降りてきた。聞くと、体にしびれがきて手に力が入らなくなっていたのだという。水を持たないで高巻きに入ることの怖さを思い知った。それでもスポーツドリンクをがぶ飲みすると体調は回復したようで安心した。
大滝の落ち口から下流を見下ろすと、すぽんと抜けた空間の先にはV字の尾根が互い違いに折り重なってあまりにも巨きい。良くもまあこんな場所に来たものだ。まったくここは人間の領域ではないのだ。小滝を難なく越えると北ノ大沢出合はすぐ近くだった。
北ノ大沢出合から先はさすがに谷のスケールが小さくなったようだ。とはいっても滝が簡単というわけでもなく、8mほどの滝は右岸のルンゼから低く巻いてガレとブッシュ混じりのリッジを落ち口へクライムダウンする。進んだ先には今にも崩壊しそうなスノーブリッジがかかり、奥には10mほどの滝が右から落ちる。SBの下にはとても入る気になれず、左岸のルンゼから高巻く。ブッシュ内をトラバースしていくと6~7mの滝2つが連続し、これらをまとめて巻いて沢に戻る。滝上は両岸の傾斜が緩みようやく源流部の渓相になった。トンボの舞い飛ぶ穏やかな小川の遡行をいっとき楽しむ。再び滝場になり、15mの直瀑は左岸の支沢に入って高巻く。その後も小滝がいくつかあり、快適に登れるものもあれば、ロープを出したもの、低く巻いたものもあり易々とはいかない。
今回は尾根歩きの成海さんがビールを頼母木小屋に差し入れしてくれている。そのため本流を忠実には詰めず、頼母木小屋付近に上がる支沢に入った。通常のルート取りなら来る場所ではないだろう。その結果、最後の試練を受けることになった。
支沢を登っていくとどん詰まりには幅広の雪渓が残る。地形を見るに下が抜けている様子はないと思われたので、雪渓と泥壁の際を登っていく。一旦傾斜が緩み雪渓上をキックステップで登る。稜線が近づくとかなりの急斜面になり、ハンマーでステップを切りながらの登りになった。こういう時は穴を掘りやすい幅広のフックハンマーは便利だ。それにしても落ちたら終わりの高さだ。こんな所まで来て事故を起こしたら間抜け過ぎる。そう思い、稜線は指呼の間だがあわてず騒がず一歩一歩慎重に足を進めていく。雪の上で涼しいのが救いか。雪渓の終わりから泥壁に数歩ステップを刻み、草付きから稜線直下のヤブへたどり着く。後続にはロープを投げて確保体勢を取り、雪の採取をお願いする。全てはビールのため。
ロープをたたんでやっと登山道に出る。「終わった……」長かった戦いの幕切れがじわじわと実感され、脱力とともに安堵のため息が漏れる。ふと眺めれば頼母木小屋が上の方に見えた。
小屋に入る。肝心のものが見当たらない。盗られてしまったのだろうか? 管理人に預けたのかとも思ったが管理人不在ではどうしようもない。仕方なく残った酒とつまみで乾杯する。無事に遡行できたのが何よりの収穫だから気にしない。なお、頼母木小屋は冷たい水を豊富に引いているのでいくらでも飲める。会の仲間に遡行完了のメールを送った。
下山は県境尾根から二俣ノ峰経由で飯豊梅花皮荘へと下山した。一般道ではなく、分岐は頼母木山の手前にある。上部は多少のヤブがあるが赤テープで迷うことはない。下部は登山道並にしっかりした道だ。林道へ降りると今回一番のアブの大群に襲われ、逃げ帰るように車に戻った。
沢登りを始めて9年になる。今回の東俣川は内容の濃さ・量・困難度いずれも最高クラスで、これまで得た経験と技術の全てを注ぎ込んで挑んだ圧巻の遡行だった。高揚の残り火はまだ心中で燻り続けている。
記録 | 都丸 | |
日程 | 2009/8/16-18 | |
タイム | 8/16 | [晴れ] 第二吊り橋6:40~大沢出合10:35~下の河原BP16:00 |
8/17 | [晴れ] BP6:20~広河原8:30~南ノ大沢出合手前の河原BP14:10 | |
8/18 | [晴れのち曇り] BP6:40~北ノ大沢出合9:00~頼母木小屋13:35-14:35~飯豊梅花皮荘18:15 | |
参考 | 豊野編, 朝日・飯豊連峰の沢, 白山書房, 2002. |